報道される内容に疑問を – 「捜査関係事項照会」に回答義務は?

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私たちは「権威」に弱いです。

権威には色々ありますが、ここでは新聞報道を取り上げます。新聞は権威であり、新聞で語られる内容は無条件に信じがちです。

もちろん、語られる内容の多くは事実です。しかし、時には「本当かな」と思われる内容が語られることもあります。

「捜査関係事項照会」にまつわる報道を例に、私が感した新聞報道に対する疑問を紹介します。

カルチュア・コンビニエンス・クラブが個人情報を警察に提供

相当に旧聞に属することですが、Tカードを運営しているカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が警察の要請に応じ、顧客の個人情報を警察に提供していたことが一時話題になりました。2019年2月のことです。

かつては多様、今は使うことが殆どなくなったTカードです。
t-card

CCCが顧客の情報を、裁判官の発する令状ではなく捜査機関の内部手続きだけで発行できる捜査関係事項照会書による情報提供の要請に応じて提供していた。さらにそうした提供の事実がTカードの利用者に明示されていなかった。これが本件の概要です。このような形での個人情報の提供やTカード運営会社の対応の適否などに関し、様々な議論が呈されました。

今、CCCによる警察への情報提供の適否について論ずるつもりはありません。これはこれで非常に面白いテーマではありますが、ここでのテーマは「捜査関係事項照会」に対するメディアの報道のあり方です。

捜査関係事項照会書に関する報道

2019年2月4日付朝日新聞朝刊2面には、「カード情報 どこまで提供、会員に知らせず 捜査当局に利用状況」、「令状なし 照会書で対応」、「捜査側「必要な内容に絞る」、過去に捜査員の私的利用も」といった見出しが躍る記事が掲載されました。

警察は市民が頼る砦です。捜査は頑張って欲しいのですが、自分の個人情報が提供されているとしたら無関心ではいられません。
police
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記事自体の内容は、記事は捜査関係事項照会書による警察の照会や、それに応じたCCCの対応を紹介したものでした。特にCCCの対応に関しては、令状によらない個人情報の捜査機関への提供行為を会員規約に明記していなかったことを挙げ、個人情報保護の観点から若干批判的とも思える内容での紹介となっていました。

捜査事項照会書に関しては、記事内で以下のように説明しています。

捜査当局が「捜査関係事項照会書」で企業などから個人の情報を入手する方法は任意捜査の一つだ。刑事訴訟法の規定に基づき求められた側は回答する義務があるとされるが、拒否しても罰則はない。照会書は以前から広く使われてきた。

記事の内容から受ける違和感

たとえ罰則がなくとも法律上の義務であるなら、その義務に従って個人情報を警察に提供すること自体は非難されるべきではないのではないか。ただ、事前に利用者にその旨を周知していなかったことは事業の運営者として不適切だった。記事中の捜査関係事項照会書に対する説明からは、このように思えてきます。

同時に、「何か変だな、この記事は…」と私の感覚が告げます。気になったのは、「回答義務があるとされる」です。「回答義務がある」であれば分かり易いのですが、「される」って一体どういう意味なのでしょう。誰かがそういっている、ということなのでしょうか。とすれば誰が。

回答義務があると主張する主体が示されていないわけです。「刑事訴訟法の規定に基づき」と書かれています。捜査関係事項照会書は法律に基づく行為ということです。権利や義務に関する法律の規定はとても精緻に構成されているはずです。であるはずなのに「される」という主体不明の言葉、これが私の違和感の原因です。

刑事訴訟法の条文を見てみると

そこで調べてみることにしました。まずは刑事訴訟法です。捜査関係事項照会の根拠と思しき第197条第2項では、「捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる」と規定しています。これだけです。当たり前ですが「回答義務がある」とか「回答義務があるとされる」なんて書かれていません。

法律で義務として規定される場合の一般的な書き方である「しなければならない」とも書かれていません。同条が、例えば「捜査について照会され必要な事項の報告を求められた公務所又は公私の団体は、(これに)回答しなければならない」といったように書かれていれば、違和感なく法律上の義務と思うはずです。

しかし実際には、捜査する側にとっての「できる」ことが書かれているだけです。ですから、その通りにしか解せないのではないか。さすがにこの条文で、照会された側が回答義務を負うとはいえないのではないか(もちろん、義務を負わないと書かれているわけでもありませんが)、そう思わざるを得ません。原法律条文を見る限り、新聞の説明は全く解せません。

ちなみに同じ刑事訴訟法の第218条第1項では、「(前略)犯罪の捜査をするについて必要があるときは、裁判官の発する令状により、差押え、記録命令付差押え、捜索又は検証をすることができる(後略)」と規定しています。令状があれば差押えができると書かれているわけで、この条文であれば私の常識感覚によく合い、違和感は全く覚えません。

警察庁の通達の存在

何かあるはず、そう思ってwebを探しまわりました。見つけたのが「適正な捜査関係事項照会の運用について(通達)」と題する文書です。警察庁刑事局刑事企画課長を筆頭に複数の課長の連名で全国の警察組織に宛てたもので、文書番号も付されています。

この文書では刑事訴訟法第197条第2項の行為に対する回答義務に関し、「照会を受けた公務所又は公私の団体(以下「公務所等」という。)は、報告すべき義務を負うものと解されている」と記しています。新聞報道の説明と同様の表現です。誰がそう解しているのか。少なくとも警察庁ではないわけですが、「解されている」ことの根拠や出典は記載されていません。

捜査関係事項照会に対しては回答義務があると解釈された方が警察にとっては望ましいでしょう。そうなった方が捜査の上で必要となる情報の収集がスムーズに行えるはずですから。この望ましい解釈を広めつつも、解釈に異議が差し挟まれた場合には(現に私は根拠となる法律の条文に照らし違和感を覚えたわけです)、法律解釈の説明責任を負わないようにしている。そのように感じるわけです。

新聞で報道された内容は通達を踏襲?

通達は捜査関係事項照会の実施主体である警察組織の元締めたる警察庁が発している文書です。捜査関係事項照会に関して警察が行う説明は、当然この書き振りに沿うものとなるでしょう。そして、照会に対して回答義務があるという解釈の流布は様々な機会を通じてなされているはずです。実際、各都道府県警察本部は傘下の組織宛に同内容の文書の流布を行っています。

引用した警察庁の通達は2024年2月27日付の発出であり、朝日新聞記事の後のことです。ですが、同通達とほぼ同内容の旧通達が存在します。旧通達では、「(前略)当該照会に対する回答を拒否できないものと解される」と記しています。まさに朝日新聞記事中の説明である「回答する義務があるとされる」と同じ「される」文です。

朝日新聞は何を基に捜査関係事項照会書は「回答義務があるとされる」と書いたのか。私にとって知る由もありませんが、警察庁の通達に書かれた「報告すべき義務を負うものと解されている」という表現、解釈が、巡り巡って反映された結果なのではと思えてなりません。

違和感を感じたら調べてみよう

「捜査関係事項照会書」(刑訴法197条2項に基づく任意処分)の法的性質に直接言及した最高裁判例は、明示的には存在しません。しかし、間接的にその任意性を示す最高裁判例が複数あります。専門的となり恐縮ですが、そうした判例では任意捜査において事実上強制を伴う場合は違法としています。そして、捜査関係事項照会は任意捜査の一環です。

「義務がある」とすれば、たとえ義務を果たさない場合に罰則がなかったとしても、それは私の感覚では「強制」です。もちろんこれは私の感覚であり、解釈です。ただ、捜査関係事項照会に回答義務があるかなしかに関しては、調べてみると様々な学説があり、一意に「回答義務がある」とはとても思えない状況でした。

e-GOVの法令検索で刑事訴訟法を示した画面です。今では多くの情報をweb経由で得ることができます。真贋を見極める目が求められます。
e-gov

報道機関として刑事訴訟法の条文や関連する判例や学説を検討した上で「回答義務がある」と判断しそう書くのであれば、それはもちろんアリです。そうではなく、流布されているであろう「回答を拒否できない」解釈に依拠し、それ以上の特段の検討なく「回答義務があるとされる」と書いたのであれば、報道姿勢として安易でありミスリーディングではないかと思う次第です。ことは国民の義務に関することなのですから。

常に疑問を持ち続けよう

本件は、たまたま目についた事例です。しかし、新聞報道や書籍として出版された内容に関し、その正確性に違和感を持つことは今回に限らず相応にありました。特に、自分が職業として直接担当している事象に関しては、そう感じることが多々ありました。

自分が詳しい分野でそうのなであれば、特段の違和感を感じない詳しくない分野であってもそうなのではないか。いつの頃からかそう感じるようになりました。とはいっても時間は有限です。すべてのことに関して、今回のように深掘りすることはできません。

でも、自分にとって重要なことや、社会にとって重要なことに関しては、是非調べてみてください。調べた結果、納得することもあれば疑問が深まることもあるでしょう。今はwebを使ってそれほどの手間をかけずに調べることが可能です。AIを使えば効率はさらに高まります。

そして常に疑問を持ち続けてください。そうした姿勢が、きっとあなたの「違和感センサー」を磨いてくれます。

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